ルガーノ(8月31日、9月1日)

 記録があいまいになってしまったが、17:05ルガーノ発、Chiasso行きというトーマスクックの時刻表には見当たらない列車に乗ったのだと思う。トーマスクックの時刻表に載っていない列車には何回か乗った。紙面の関係で省略されているのだろう。30分ほどでティラーノに着く。問題は、今晩泊まるホテルの場所が、皆目分からないことだった。それにここはイタリア語圏。今回のスイス旅行の宿泊先はドイツでの初日を除き、全てアップルワールドのネット予約で、自宅でバウチャーを打ち出していったのだが、地図がどこにもついていない。あるのは、住所と、駅から何分とかの情報、それに利用者の口コミだけ。通りの名前などがガイドブックの地図にある場合はいいが、ルガーノはまるで手がかりなしの上、街が急な傾斜地にあって、宿泊施設も広範囲に散らばっているようなのだ。

 ホテルの名前と住所をノートに書いて、ルガーノ駅に直結しているケーブルカーの料金所のおじさんに尋ねる。ケーブルカーに乗って下りろ、というので、とりあえず、旧市街に下ることにする。ケーブルカーは国鉄ルガーノ駅と旧市街を急勾配で結んでいて、頻繁に発車している。地元の人は定期券利用。高台にある国鉄駅と、湖畔にある旧市街を結ぶ生活動線だ。私はスイスパスで無料。

 ケーブルカーを降りると、にぎやかなチオカッロ市場で、果物、野菜、サラミなどがカラフルに並ぶ。ホテルは? 通りがかった女性に、ノートを見せて尋ねると、彼女は、知人の男性を呼び止めて、ホテルの場所を確認する。そして、ケーブルカーに沿った急な細い坂道を指して、ここを上がりなさいと。えーっ、今、下りてきたのに、と思うものの、半端じゃない坂を上ることにした。階段状になった細い坂道の両側には、みやげ物屋ふうの小さな店舗が並んでいる。雑貨屋さんの店先に、張り出した台があり、古い絵葉書を売っている。細馬宏通さんの『絵はがきの時代』を思い出す。じっくり見たいが、荷物があるので、後で見ようと思って、そのまま坂道をフーフー言いながら登る。新しそうな教会があり、その横を曲がっていくと、どうやらホテルらしい建物。ただし、裏側は、スプレー缶で下のほうは落書きされていたりする。ぐるりと回ると、それなりにきれいなホテルの玄関が現れた。チェックインを済ませて、さっそく、旧市街へ下りる。近道をしようと思って教会の敷地に入ると、目のあてどころのないカップルが何組か。

 結局、道に迷い、適当に歩いていくと、オートロックの超豪華マンション群が並ぶ一角に紛れ込んだ。ルガーノは、温暖な気候を求めて、お金持ちが長期滞在にやって来るリゾート都市なのだ。ルガーノ湖は半分がイタリア領、半分がスイス領とのこと。なんかすごいなと思いながら、ケーブルカー乗り場のほうを目指して歩く。

 たいへんな人出で、そこここに舞台が設置されていて、どうも野外音楽フェスティバルの期間らしい。音あわせをしていたり、音楽だけを流していたりで、始まる気配もないので、湖畔を散歩する。

 19:00を回っていたが、まだまだ明るく、カジノの先にある市民公園に入った。湖に沿って花壇が作られ、花が水の色に映えて美しく、大勢の人が夕方の散歩を楽しんでいる。それから、ぶらぶらと広場のほうに戻り、ステージに近いイタリア料理店のテラス席に座った。巨大ピザが出てくることは想像できたが、スモールサイズはないとのことで、ピザに赤ワイン(ここで、白から赤に転換)を注文する。“水はいるか?”と聞いてくるので、仕方なく、“ノンガス”と言うと、ワインよりたぶん高価な、1リットルびんに入った水がデーンと出て来た(水を押し売りされたのは、この店だけである)が、結果的には、水も一人で全部飲んでしまった。演奏はちっとも始まらず、エスプレッソを飲んで店を出る。

 音楽フェスティバルの看板を見ると、21:30開演みたいに書いてある箇所があり、全体像は分からないが付き合いきれないと思い、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会を探しに行く。教会はすぐ見つかったが、ファサードを工事用のシートが覆っている。スイス人は本当に工事好きだ。一番すごいのはベルン駅前の大工事だが、どこへ行っても、たいてい景観台無しの高すぎるクレーン(傾斜地が多いから、あんなに背の高いクレーンを使うのだろうか)が陣取っている。

 サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会のすぐ横のホテルのベランダから、ナマ演奏が聞こえてくる。見上げると、小さなベランダで、2〜3人で、何か弦楽器を弾いている。こういうのはおしゃれ。そこからケーブルカーの方向に帰る道がナッサ通りという高級ブランド店が並ぶ通り。店はもう全部閉まっているが、ショーウインドウには明かりがともり、時計やチョコレートなどが並んでいる。坂道を歩いて戻るが、当然ながら、絵葉書屋さんももう閉店していた。ホテルに戻っても、夜遅くまで、向かいの建物で音楽パーティをやって騒いでいて、うるさかった。

 翌、9月1日は、いよいよベルニナ急行に乗る日。そのために、ルガーノまでやってきたのだ。ルガーノからイタリア領にバスで入り、国境の町ティラーノから、ベルニナ急行が発車する。ベルニナ急行の一部とも言えるこのバス、バス停がどこにあるのか不明だった。夜、ホテルのフロントで、国鉄駅側のバス停を教えてもらい、早朝、場所を確認する。時間が十分あるので、荷物を預けて、ケーブルカーで下まで下り、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会まで行った。今度は、ちゃんとドアが開いていた。1529年に描かれたフレスコ画があるとのことで、見に行ったのだ。左側の『最後の晩餐』は外されていたが、右の『聖母子像』と、中央の大きな『キリストの磔刑』は、見ることができた。

 フレスコ画ってどんなの?と思っていたが、乱暴に言ってしまうと、“塗り壁に直接描いた厚みのない絵”という身も蓋もない感想。日本でも公立美術館で時々フレスコ画のワークショップや講座が開かれているが、う〜ん、サイズが違いすぎる・・・技法とは別の次元で、壁面全体に描かれた『キリストの磔刑』は見ごたえがあった。ベルナルディーノ・ルイーニ作とのこと。
写真は、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会(2007年9月1日撮影)