朝日新聞(東京)の記事「博物館法改正の議論本格化」

 2ヶ月以上前の記事になるが、先日たまたま見つけたので、全文引用する。

文化と効率を問い直し 小規模館の支援検討 博物館法改正の議論本格化
2007.01.15 朝日新聞(東京朝刊)9頁 オピニオン1 写図有 (全2,396字) 
 博物館法(51年制定)の改正論議が本格化している。文部科学省の「これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議」で論点が整理され、今春にも中央教育審議会の分科会で法改正の検討が始まる。博物館には、民間へ事業を開放するための指定管理者制度市場化テスト(官民競争入札)が導入されており、論議は文化や学術の在り方をも問い直しそうだ。(清水弟
 検討協力者会議は昨年10月から4回開かれ、課題もほぼ出そろった。
 美術館や動物園などを含んだ博物館は、05年の統計で全国に5614館あって、入館者はのべ2億7千万人にのぼる。国民1人が年に2回以上訪れている計算だ。
 そのうち博物館法の対象となる登録博物館と博物館相当施設は、それぞれ865館と331館。全体の8割に当たる4418館が法対象外の博物館類似施設だ。
 登録されると税の優遇措置があり、相当施設ならば教育委員会の指導や助言を受けられる。このため改正で基準を緩め、(1)相当施設も登録博物館と認める(2)類似施設まで博物館と認めて登録博物館と博物館の2段階にする(3)上位の認定博物館を新設する、といった案が浮上している。
 博物館の設置主体も、現行法は「地方自治体の教育委員会、財団法人など」に限定している。このため東京国立博物館上野動物園などの著名施設も法律上の位置づけは相当施設でしかない。現状の多様性を認め、国や独立行政法人国立大学法人、株式会社、個人などへ広げる方向だ。
 英国では小規模博物館も登録を認め、米国もミニ博物館を大事にしている。協力者会議座長の中川志郎・茨城県自然博物館名誉館長は「市民に身近な博物館こそが博物館力の強化につながる。小規模館を応援するシステムを作りたい」と話す。
 ただ、登録されると法的な規制もある。相当施設である広島市安佐動物公園は、ライオンやシマウマの骨を小中学校の教材用に貸し出している。福本幸夫園長は「登録博物館なら、標本を宅配便で送るとか、子供たちに触らせるのも難しい。園としては独自な教育活動を優先したい」という。
 ●運営「民間化」に危機感
 博物館の定義は、ユネスコと関係が深い国際博物館会議(ICOM)の規定が基本とされている。それを参考に、美術品や標本などの「もの」に限らず、現象を見せるプラネタリウムや科学館、そして無形文化財や映像文化を見せる施設まで、広げる方向だ。
 一方、東京・六本木に21日にオープンする国立新美術館など、収蔵品を持たない施設に対しては「催事場に過ぎない」との声もある。
 専門職である学芸員資格については、年に1万人を超す有資格者が生まれている現状から、協力者会議で「粗製乱造だ」「使い物にはならない」と批判が続出した。大学での履修科目や単位数を拡充したり、博物館での実務経験を重視したりして高度化を図る。実績と経験で「上級学芸員」を認証することなども検討されている。
 博物館法を改正し、博物館本来の役割を高めようとする動きの背景に、小泉首相時代に本格化した「公営組織の法人化、民営化」で、博物館や美術館に導入された指定管理者制度や、これから始まる市場化テストへの危機感もあるとされる。
 東京大を会場に昨年11月開かれた講演会「博物館が危ない!美術館が危ない!」は、日本学術会議が主催し、日本考古学協会日本博物館協会など12団体が後援した。青柳正規国立西洋美術館館長は「人間は経済のために生きるのではない。手段でしかない経済のため、文化をやせ細らせるのが指定管理者制度だ。タリバーンの文化破壊に匹敵する」と訴えた。
 ICOM規定は博物館を「非営利的常設機関」と明記し、現行博物館法は条件付きながら「公立博物館は入館料その他の対価を徴収してはならない」としている。指定管理者制度市場化テストの導入は、ICOMの精神にそむきかねない。
 馬渡駿介・北海道大教授は「(博物館で)文化資料を次世代へ手渡そうという人間の行為が、経済的効率化にそぐうわけはない」と断じた。
 ◆登録のハードルを下げるな 遠藤秀紀・京都大霊長類研究所教授
 博物館法の改正をどうみるか。日本学術会議自然史・古生物学分科会委員長を務める遠藤秀紀・京都大霊長類研究所教授に寄稿してもらった。
 博物館法は、市民にとっての学術と文化の中心として、博物館(美術館や動物園などを含む)を位置付けてきた。
 文化的社会を理想とした法の理念を軽視したのは、現実の施策だ。たとえば、博物館の施設づくりは、箱物公共事業や利益誘導のシンボルとして扱われてきた。
 博物館を通じて社会の文化的発展を求めた博物館法は、こうした誤った現実に迎合して、改正の方向を間違えてはならない。心配されるのは、博物館の登録基準のハードルをむやみに下げてしまうことだ。全国に4千館以上ある、博物館類似施設まで一律に追認しかねない。国民は水準の高い博物館で学ぶ権利を保障されているが、法が営利目的の遊園地や誘客施設を教育の場と混同するとしたら、日本の社会教育は雲散霧消する。
 博物館は、人間が未来に向けて資料を蓄え、研究し、学ぶ場所だ。博物館をのみ込む指定管理者制度や民営化の底流にあるのは、「教育はサービス、文化は商品に過ぎない」という誤った思い付きだ。人間を育てるという博物館の真の意義を無視し、市場性・経済性だけが社会教育を評価・選別しようとしている。新しい博物館法はこの現状を危惧(きぐ)し、文化政策の正しい理念を備えなくてはならない。
 私は日本学術会議で博物館の高度化を提起し、「博物館には、社会の成熟度・文化度が等身大で映される」と認識している。そして、市民に近い学術文化の中心地が、経済性を理由に遊興歓楽の場に変質させられることを真に憂慮している。
 ■博物館の種類別数
 登録博物館・相当施設 博物館類似施設
 総合博物館         156      262
 科学博物館         108      366
 歴史博物館         405     2795
 美術博物館         423      664
 野外博物館          13       93
 動物園・植物園など      91      238
 (文部科学省「社会教育調査05年」から)
 【写真説明】
 科学ファンに人気の国立科学博物館も「相当施設」だ=東京・上野公園で
朝日新聞社

 この記事の中に出てくる登録の法的規制というのが、私にはよく分からない。現行法なら、所管と、博物館資料・学芸員その他の職員・建物及び土地・年150日以上開館が「規制」なのではないだろうか。
遠藤秀紀さんが、「日本の社会教育は」と語っているのが面白い。バリバリの研究者も、市場原理に対抗するときは、必ず、博物館を「社会教育」とセットで語る。
 ところで、今、局所的に話題の「日経新聞の記事」というのが、3月24日(朝刊)に出ていたことがSNさんからのメールでやっと分かって、さっそく読んだ。建畠晢さんのコメントは「これまで登録館でないゆえに学芸員資格のない研究者も自由に採用できた」となっているが、登録館でも資格なしで採用している館はたくさんあるはずだ。木下直之さんのコメント「国が博物館の方向性を縛る可能性にも留意がいる」は、一考に価するだろう。
 日経の記事では、まるで、博物館現場と養成機関(大学)側が対立しているように報道されているが、これもピントがずれていると思う。全国大学博物館学講座協議会(全博協)の加盟大学・短大は、ほとんどが私立大学で、会費負担等の問題から国公立大学はほとんど加盟していない。実際に博物館に多くの学芸員を就職させている国公立大学の教員で、国立以外の博物館(個別専門分野上の狭い関心ではなく)に興味を持ったり、発言したり、「博物館研究」をする人が極めて少ないことも問題なのではないだろうか。国公立大学の教員で博物館法改正に関心を持っている人は、ごく少数だろう。
 養成側の主張は既得権益と批判されるが(例えばIさんのブログなど
http://d.hatena.ne.jp/soishida/20061129
http://d.hatena.ne.jp/soishida/20070311
呆然として2回ともツッコミを入れそびれた)、小魚のような私立大学・短大群は、長年にわたって多くの博物館の利用者・ファンを生み出してきたはずである。多くの私大・短大で、博物館関係の授業が一斉になくなれば、博物館はますます認知されにくい存在になるのではないだろうか。また、博物館実習では、館の普及事業や資料整理なども、多くの学生たちがお手伝いしてきたはずである。これまで築いてきた博物館と私大・短大との関係を「覆水盆に返らず」ではなく、何か新しい形で発展させてゆくことはできないものだろうか。
 法改正で議論すべきことは、学芸員養成問題だけでないことは言うまでもない。