『歴史学のアポリア』

小田中直樹歴史学アポリア ヨーロッパ近代社会史再読』(山川出版社、2002)を読んだ。著者自身による案内文は、こちら。→http://www.bk1.jp/review/0000065176
歴史を研究することは可能か、歴史を学ぶことに意義があるか、という問いをめぐって、フランス社会経済史研究上の議論をもとに、考察を進める本。あとがきを読むと、著者自身が、博論を刊行した際に、「今日の日本でフランス近代社会を学ぶ意義とは何か」を質問されたのが、本書執筆の動機だったようだ。
本書は、大塚久雄の仕事を検討するところから始まる。

しかし、日本人を近代人として他律的に形成したい場合には、事態は複雑にならざるをえない。・・・ましていわんや、大塚が強制しなければならない人間像は、自由で独立した存在である近代人だった。自由であることを強制するという文言には、形容矛盾の危険さえある。(19−20頁)

この難問は、時代を経て、様々な変形バージョンを生み出す。例えば、「コミュニケーションを営む意志をもった人間は、どのように形成されるのか」(119頁)といった問題である。また著者は、次のように書く。

山之内ヴェーバーいうところの達人倫理に期待する。(中略)そこでは、ここでもまたリンカーンの言葉を借りれば、人民のための政治は実現されるかもしれないが、人民による政治はない。(116頁)

著者が言うところの、「人間形成のアポリア」の問題は、比較的理解しやすかったが、一番知りたかった「妥当な認識は存在するのか」という問題とどう向き合うかについては、先日読んだ、同著者の『歴史学ってなんだ?』以上に説得されたわけではない。また、『歴史学ってなんだ?』同様に、アイデンティティ国民国家について論じた部分は、違和感が残った。
以上のようなもの足りなさはあるものの、フランス革命研究史は、たいへん興味深く読めたし、巻末の参考文献リストも利用価値が高い。学説史ときちんと向き合っているところが、偉いと思う。