世界遺産の池にペットボトルを投げる若者たち(8月31日)

 ルツェルン駅から12:21発のEC115(ミラノ・セントラル行き)に乗る。ルガーノ着15:03の予定だが、車中でガイドブックと時刻表を見ているうち、世界遺産のある町ベリンツォーナ(イタリアとスイスを結ぶ交通の要衝として栄えた中世の要塞都市)で途中下車してみたくなった。グランデ城、モンテベッロ城、サッソ・コルバーロ城と、要塞壁ムラータが、世界文化遺産に登録されている。時間は全部見て回るには中途半端な気がしたが、なかなかここまでは来られないだろうと思い、少しだけでも寄ってみようと思った。

 ガイドブックには、一番丘の上にあるサッソ・コルバーロ城までタクシーで上がり、徒歩で中腹のモンテベッロ城へ下り、さらに街の中心部へ下りてグランデ城を見るのがよい、と合理的な回り方が紹介されていた。路線バスは走っていないのかというのと、タクシーは嫌だという気持ちが混じり、荷物をコインロッカーに入れたあと、駅前のタクシーを横目で見ながら、バス停に向かった。しかし、ここはイタリア語圏で、バス停を見てもさっぱり分からない。ドツボにはまるような気はしたが、そのまま中心部にあるグランデ城へ向かった。

城壁はすぐに見えたが、どこから入るのかよく分からない。ここかと思った入り口は、どうやら地下駐車場への入り口のようだった。ガイドブックには、入城料がいるとか、城の入り口に観光局の支局があるとか書いてあるが、そのようなものは見当たらず、他の人たちについて、とりあえず開いていた場所から入ってしまった。エレベータで上がるのだが、南だけあって、気温も暖かい中、フランスみたいにカップルがあちこちでくっついているので、中・北部のスイスとは全く違った雰囲気を感じる。

 グランデ城は石造で、2つの塔があり、上まで登れるようになっている。塔に向かって歩いていると、通路の下で、ティーンの男の子たちが遊んでいて、堀なのか、池なのか、単なる水溜りか分からないのだが、その池の中に、空になったペットボトルを投げ込んでいる。管理人のような人もいなく、出入り自由だし、何か哀れを誘う世界遺産だと思った。観光利用半分、地元の若者たちの遊び場やデートの場が半分という使われ方だ。さらに災難がもう一つ待ち受けていた。

 塔の上まで登って、4面に空いた窓というか穴から、わあーきれい!と、眼下の景色を眺め、写真を撮り始めたとき、いや、最初に、カップルや家族連れの中に、いかにも地元っぽいおじさんが一人でいるのを見て、嫌な予感があった。早めに引き上げたほうがいいと思う気持ちと、せっかくここまで来たのだから、ゆっくり景色を眺めたいという気持ちとで、一通りの窓から外を眺めた・・・とその時、写真を撮ってあげよう、と身振りを交えておじさんがイタリア語で話し掛けてきた。断りづらく、デジカメを渡して写真を撮ってもらう。ここでよせばよいのに、つい、クレー・センターでの感じのよかったバスの運転手さんのことを思い出して、今度はおじさんの写真を撮ってあげた。逆光でうまく写っていなかったので、(そんなことはどうでもいいのに)“暗い”とか言うと、おじさんは、じゃあ下で撮ろうとか言って、一緒について来だした。なぜ、こういうおじさんに引っかかるかなと自己嫌悪に捉われる。おじさんは、こちらが喋れないのをいいことに、“俺もついて来いって?”みたいに勝手な拡大解釈にどんどん進んでいく。階段のところで、いきなり、ほっぺたをつねってきた。これは非常に腹立たしく、“サンキュー、グッバイ!”と言って(何すんのよ!と言うべきだったのだろうが、イタリアでは、女性を見たら口説くのが礼儀とか言う話も聞いたことがあるので仕方ないか)すたこらと逃げ出すことにした。こうなると、遠慮も何も無用で、一目散に地下道に逃げ込んだ。こんなところは余計まずいかと思ったが、親子連れが歩いていたので、その中に紛れつつ・・・闇雲に歩いて、要塞の上を歩いたりしながら、街中へ出た。とんだ災難だった。グランデ城自体はいい場所なのだが、この遺跡の使われ方が、私には合わない。

 ベリンツォーナの旧市街を歩く。大通りや広場から、魅力的な路地が伸びていて、心惹かれる。一番感じのいい路地の奥では2、3人の若者が佇んでいて、写真を撮るのは気が引けた。スイスは、北のベルンでも、駅の階段に若者が座り込んでいたり、至るところに落書きがあったりで、若い人は日本と同じように、少しすさんでいるのかと思う。

 おじさんの件が不快だったので、何となくがむしゃらに歩いてみたくなり、丘の上へ向かっていく車道をあてずっぽうにどんどん登っていった。中腹のモンテベッロ城までなら行けそうだと思った。急な坂道は何度もカーブしながら、高度を上げていく。民家を過ぎ、ブドウ畑を過ぎ、思えば、観光地でもハイキングルートでもない、普通の生活の場をスイスでは初めて歩いていることに気づいた。イガ付きの栗の実がたくさん落ちていたり、ブドウ畑の中に、マリア像が描かれた額が掛かっていたり。ふと気づくと、少し下にモンテベッロ城が見える。だいぶ上のほうには、サッソ・コルバーロ城が見え、車道はつづら折になっていて、斜面を登るもの、遠回りな車道を歩くのも、どちらもきつそうだ。ガイドブックには、下りで40分と書かれている。最初にタクシーで上まで、は確かに正しい選択だろう(女一人でなければ・・・)。

 3つあれば、3つとも見なければ落ち着かないというのも、なんだか消化試合のように思えてきて、サッソ・コルバーロ城は断念し、モンテベッロ城へ下っていった。ここも、無人で、無料で自由に入れる。グランデ城より人も少なく、静かで落ち着いている。熱いカップルはいたが。今度はゆっくりと城を回り、城壁に腰掛けて大きな木を眺め、それなりに満足し、それから、列車の時間が近くなったので、急ぎ足で坂を下って駅へ出た。ともかく、今回のスイス旅行で一番腹立たしい(自己嫌悪の)思い出である。
 写真は、モンテベッロ城(2007年8月31日撮影)