[博物館]バーレンベルク野外博物館(9月3日)

 ブリエンツのバーレンベルク野外博物館(Ballenberg Freilichtmuseum)に向かう。ユングフラウヨッホ鉄道の各駅舎に、バーレンベルク野外博物館の魅力的なパンフレットが置いてあって、けっこう派手に観光宣伝されていることを知った。ミューレンにいたときは、連日の雨で、野外博物館へ行きそびれていた。

 7:55ルツェルン発、9:29ブリエンツ着、このルートはゴールデンパスが通るルートで、沿線が大変美しい。ノートには、「8:50頃 右手の湖きれい Waken-see」と残っている。

 ブリエンツからは、黄色い車体のポストバスに乗る。Ballenberg Ovest、Ballenberg West、どちらからでも入館できるらしい。駅舎から2番目のバス停から、West行きのバスがちょうどあったので、3.20スイスフラン払って乗り込む。緑の中に民家が点在する魅力的な道を走り、ほどなく博物館前に到着。

ゲートでスイスパスを見せると、入館は無料。マップは2スイスフランだけど、どうする?と聞かれ、購入する。この大型の折りたたみマップは、スイス全土から移築された農家等を、建築上の特徴で13のグループに分け、それぞれのグループを色分けして番号を振って図示したもので、館内は、この色分けに合わせて道案内の看板が立てられている。アップダウンも結構あり、全部見て回るには1日がかりのハイキングになる。移築された建物番号は、1371番まであるが(ただし、地方ごとに、100番台、200番台と分かれていて、番号は飛び飛び)、館のガイドブックによると建物の総数は約100ほどとのこと。

10時の開館とほぼ同時に入館する。シニア層を中心に、朝から来館者は順調に増えていく。子どもたちも遠足に来ている。農家の中にもたいがい入ることができ、ベッドやテーブルなどの家具や台所道具一式も置かれている。家畜小屋にも、実際の家畜が飼われていて、珍しいところでは、伝書バトが、壁の穴から実際に出入りしているのなどもあった。

 実演も、曜日、時間帯を決めて行われていて、一番印象が深かったのはパン焼き。若い女性がパンを実際に成型して、かまどで焼くところを見せてくれるのだが、小さな男の子がエプロン姿で、ママのお手伝いをしているのだ。私と一緒に見ていた英語圏の男性が、このパン焼きの女性にあれこれと質問していた。彼女たちは近くからの通いで、男の子は来年から幼稚園に入るらしい。英国紳士は、スイスの教育制度について熱心に質問していた。

 家を1軒1軒、覗いていくのは楽しいのだが、なにせ100軒、に階段の上り下り・・・おまけに方向音痴の私は、すぐ道に迷う・・・けっこう体力勝負、坂道がこたえる。

 お昼近く、大きな民家の中庭がレストランになっているところにたどりつく。年代を追って建て増ししていった家で、どの部分がいつ、増築され、どのように使われていたかが説明されている。二階の廻り廊下には、洗濯物が干してあって、昔、自分が住んでいた借家などを思い出す。中庭には、鶏。

 一旦、出るが、その光景が焼きついて、もう一度戻る。メニューが全く読めず、困るが、前のお客さんたちが、大きな陶器製マグカップのようなものに、赤ワインをなみなみと注いでもらっているのを見て、私もこれ!と注文。あとは、丸まったフランクフルトに黄色い付け合わせ(スイスのよくある料理なのだが、名前を忘れてしまった)。
木製のテーブル席の足元には、鶏がやって来る。昼間から屋外で、絵柄のついた、ふちの波打った厚手のマグカップでワインを飲む幸せ! この民家が、851番の14〜19世紀の、ティチーノ地方の農家。

 食後は、まだ半分以上残っている農家を、半ば、消化試合的に廻っていく。ワインのおかげか、ますます体が重い。子どもたちが家畜と遊べるコーナーなどもあって、楽しいのだけど、数が多すぎる・・・いや、欲張って、一通り全部見ようとする発想がそもそも間違っているのだろう。面白かったのは、グループ客の中に、車椅子のおばあさんがいて、おじいさんが押してあげているのだけど、後でまた出会ったとき、車椅子は空で、おばあさんが歩いていたこと。“車椅子に乗っている”というのは、こちらの固定観念で、おばあさんは、部分的に車椅子を使っているのだ。そういうのも、当然、あるよね、と思う。

 でも、森あり、池あり、畑あり、教会あり、とにかくスケールがでかい。疲れ切って、東の出口のショップで、ガイドブックなど買って、出口を出た。

 16:01Ballenberg Ovestのバス停から、またポストバスに乗って、ブリエンツに向かう。東口からのほうが、駅までの距離はあり、バス代も4.60スイスフラン。ちょうど、16:28ブリエンツ発、ルツェルン着18:04着のゴールデンパスに乗れた。雨が、ぽつりと一滴。
写真は、バーレンベルク野外博物館でパン焼きの実演をする子連れママ(2007年9月3日撮影)

【追記】ショップで買って帰った“Giude to the Swiss Open-Air Museum Ballenberg”(2004)には、「実現までの長い道のり」と題して、簡単な館の歴史が書かれている。以下、抄訳(試訳)。

スウェーデンのスカンセンが開館(1891年)して以来、スイスでも野外博物館を持ちたいという考えは、始まっていた。だが、ベルン歴史博物館での、「中世のスイスの街」の計画、あるいは、チューリッヒ国立博物館のコレクションに、地方の建物を加えるべきだという議論は、結実しなかった。1963年、スイス連邦議会(the Swiss Federal Council)は、国立野外博物館の設立の可能性を探る専門家委員会を立ち上げた。1978年、バーレンベルク野外博物館開館、当初は16の建物からスタートし、1985年には、61の建物を持つに至った。現在は、民家と、付随的な建築物で約100の建物がある。
バーレンベルク野外博物館の学問的な考え方の基礎となっているのは、スイスの農家研究の成果である。国中で最も重要で、典型的な特徴を持つ民家、農舎(farmsteads)、settlementsを幅広く収集することが、根本的な考え方である。
バーレンベルク野外博物館は、毎年250,000人の来館者を世界中から集めているが、文化・研究・観光の機関であるだけでなく、4月中旬から10月末までのシーズン中には、館内で約200人が働き、この地域で最も重要な雇用の場の一つとなっている。