社会教育学会六月集会終了(取り急ぎメモ)

 六月集会と、自分の企画したラウンドテーブルが無事、終了した。報告者になってくださった、お三方にお礼申し上げます。また、遠方よりお越しくださった参加者の皆様に、お礼申し上げます。拙い司会、かつ、少人数でリラックスできたこともあり、特に締めくくることもないまま終了時間を越えて(部屋を追い出されるまで)話し込んでしまった。
 帰宅すると、早くも佐久間さんが、続いて岡本先生が、ネット上に、ラウンドテーブルの様子を掲載して下さっていた。
 岡本全勝先生のHP→http://homepage3.nifty.com/zenshow/page453.html
 佐久間さんのブログ→http://blog.livedoor.jp/sakumad2003/archives/50670889.html

 帰路の新幹線の中で、PCの充電が切れていたこともあって、いろいろと深く考え込んだ。「自分の学びの場は自分で作る」をモットーに、これまでやってきたが(そのことは、社会教育への思い入れと深く結びついているが)、昨日の大橋学長ショックや、今日の午前の部(ゲストスピーカーの愛媛大学の村上祐介先生のお話が大変面白かった:教育委員会制度を巡っては、神学論争の世界になっている等)も含め、研究や、学会や、職場のことや、いわゆる博物館関連学・協会の今後など、この2日間で、随分刺激を受け、考えもした。
 佐久間さんが、こんなことを考えておられたのか、というのが、実は新鮮な発見だったし、岡本先生からは、私の個人的関心からいうと核心部分にあたる、交付税と地方債の合わせ技で箱物をつくる事業費補正の誕生と終焉について伺うことができた。岡本先生に白羽の矢を立てたのは、まさにピンポイントで当たっていたのである。他にも、“国債チャラにすると問題”や、“選択的納税制度”(これらは私の勝手なネーミングだが)の可否などについても、ご意見を伺うことができた。
 大嶋さんのお話からは、懸案だった“印象派問題”に展望が開けた。しかし、“見る自由問題”から考えると、岡本先生の反応も含め、日本の公立美術館は相当危ういところにあると、改めて考えさせられた。
 (ラウンドテーブルの詳細は、後日、活字化の予定です)