奈良の夕べ

 昨日は、奈良に転居した後輩を訪ねた。一度飲もう、が本来の目的だが、時間が早いからどこか行きたい場所ある?と尋ねられて、戸惑った。奈良や京都は長年仕事で通っていて、そのくせ、ほとんどどこも見たことがない。普段は伝書鳩のような生活で、寄り道しようという欲望さえ抱かないように飼いならされてしまった(←これは保育所の保護者教育のなせるわざである)。考えた末に、“大仏と鹿”とメールを送った。
 行基さんの前で待ち合わせをして、あの、一人では上る気力さえ湧かない坂道を登り(奈良も京都もここ2〜3日、うだるような暑さだ)、あ〜鹿、鹿、と騒ぎながら、東大寺に向かった。鹿せんべいを追い求める鹿たち。角や体に触った。角はトナカイと同じく産毛が生え、体の毛並みは柴犬よりは薄く、堅い。

 大仏殿は芝生の手入れも行き届き、駅前に比べるとずいぶん涼しい。お堂の中はクーラーがかかっているのかと思うほどだ。大仏さんを見て、堂内をぐるりと回る。柱の穴をくぐる仕掛けがあり、何だろうと見ていると、これは大仏さんの鼻の穴と同じ大きさなのだという。


 大仏殿を出て、戒壇院へ向かう。つい先日、大河内さんの「観仏三昧的生活」東大寺法華堂が載っていて、仏教美術のプロが行かれたところを追っかけしようと思ったのだが、メモしていなかったので、「法華堂」を「戒壇院」と勘違いして、後輩には、戒壇院がいいらしいよ、とか言ってしまった。でも、その勘違いは、私たち的には無駄ではなく、戒壇院の四天王は、たいへん見ごたえがあった。

 人も少ない静かな堂内には、四隅に増長天、廣目天、多聞天持国天の4体が並ぶ。増長天が一番、格好いいが、4体ともウエストがキリリと締まった理想的体型だ。地震でこけないのかな、などと話していたのだが、お寺の方のお話では、阪神淡路大震災のときも、大丈夫だったそうで、下の台座から邪鬼を通してお像の足に2本の芯が通っているのだそうだ。あとでパンフを見たら、四天王がまとっている甲冑は、中央アジアの様式とある。戒壇の柵の内部には、センサーが働いていて、手が柵内に入ると警報が鳴るのだそうだ。堂内は、写真もスケッチも禁止だが、こうして直に間近に拝める環境がすばらしい。
 大仏殿から戒壇院に向かう静かなお庭では、鹿が小粒のジャガイモを貰っていた。車に乗ったお兄さんが、ダンボールの中の屑芋を撒いているのだ。

 帰路、奈良県庁に立ち寄る。屋上からの眺めがすばらしいとのことで、果たして、若草山東大寺や、春日山原始林、五重塔やら、大和三山などをぐるりと見ることができる。屋上緑化の芝生、木のベンチに座っていると、涼しい風と相俟って、もうここから動きたくなくなる。若草山の中腹には、鹿の群れも小さく見える。


 からからに干からびた後のビールが美味しかったことは言うまでもない。京都経由の電車は夜間は本数が少なく、鶴橋経由で何度か乗り換えたが、その都度、寝過ごさずに無事、家までたどりついたのが不思議なくらいだ。