新年度雑感

 新年度が始まった・・・というか、始まりかけている。今は、嵐の前の静けさ。
 現在の職場に就職してちょうど10年が過ぎた。10年あれば、もっとまとまった研究をするなり、学芸員課程の充実に尽力するなり、何がしかの貢献はあってしかるべきだが、どちらもあまり成果のないまま、10年を過ごしてしまった。最近は、職場では、備品のような感じになっているのではないだろうか。粗大ゴミに出されないように注意しないと・・・。
 最近ブログが滞っているのは、色々な事情があるのだが、この10年という区切りの時期に、何か書いておきたいと思っているところに、非常に印象深い記事を目にした。物理学者の田崎さんのHPの記述である。長文の記事の中から、少しだけ(と言っても長いが)引用させていただく。

ぼくは、90 年代の前半までに、量子スピン系やハバード模型でかなりよい仕事をしていたわけで、普通に考えると、それらの業績に支えられ研究の流れに影響力を発揮しつつ研究会や国際会議を主催したりして、いわゆる一つの「分野の大物」を目指すのが、まあ、自然な進み方だったと思う。でも、ぼくをご存知のかたはわかってくださると思うけど、そういうのは、全然おもしろいとは思えなかった。もっと違うことをやろう・やらなきゃと自然に思ったし、もちろん、誰に何も強制されない立場にいたから、思った通りに新しいことを始めた。(・・・引用者中略・・・)今となってはよく覚えていないが、統計力学の基礎付けや、熱力学と統計力学の関係づけ、非平衡など、いろいろなことを、ほぼゼロから、考えまくって過ごした気がする。



当然ながら、これで論文の生産量はガタンと落ちる。というか実質、数年間はゼロになる。それまでは、年間に PRL を 2 本と本格的な数理物理のフルペーパーを 2 本出すみたいな、かなり激しいペースで出版していたのだから、激変である。凡庸な学者観からすれば、田崎の「出世街道からの脱落」としか見えないものだろうし、実際に、それに近い評価に直面したこともある(もちろん、そういうことを言う連中というのは  以下、けっこう書いてしまったのだが、冷静になって自粛)。でも、なんでこれが悪いことなんだろう? 論文を書き続けなければお金がなくなってしまうアメリカの研究者ではないのだから(←ちなみに、下村さんは名大での安定した助教授の地位を捨てて、敢えて、そういう世界に飛びこもうと再渡米したとのことだった)、次の大きな流れをみきわめるために、じっくりと時間をかけて、多くのことを考え尽くすのは、素晴らしいことではないのだろうか? だいたい、既に確立した業績をもっている分野でコンスタントに仕事を続けるのは、プロの科学者にとっては楽で安易なことである。敢えて未知の分野に進んでゼロから自分を鍛え直すのは、時間もかかるし、リスクも大きい挑戦だ。これができるのが、日本の大学で幸運にも終身の職に就けた者の特権だと思うし、逆に言えば、せっかく得難い幸運を手にしているのにそれを活かさないのは怠慢じゃないのか?


というわけで、ぼくは「実質的に論文ゼロの数年間」に突入していった。


http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/1003.html#31 田崎晴明「日々の雑感的なもの」

 田崎さんのこの文章を読んで、自分の中でもやもやとしていたものの視界が晴れるような気がした。
 私自身の研究は、ここ2年ほど、明らかに停滞している。世の中の、あるいは社会の大変動の中で、自分自身の価値観が揺らいでしまい、結論として何を主張したいのかが、まるで見えなくなってしまったからだ。市民参加論から手をつけて、時代の潮流の中で、エコミュゼ、指定管理者制度、美術館建設反対運動、博物館法改正、公益法人制度改革、と新しい動向を追い、理解することにエネルギーを割き、その一方で、一番大事に考えてきた個別博物館の沿革研究に関しては、いくつやってもきりがないというか、どのように普遍性をもった研究のまとまりに高めるのか?の答えが出ないまま、頓挫している。
 同じ分野・関心で、お手本になるような先行研究や研究者がおられれば話は簡単なのだろうが、不勉強&出不精にしてなかなか、そうしたチャンスに巡りあえない。
 日本語で探せないのなら、外国語で探せば、何かヒントが得られるかもしれない・・・そう思いながら、もう2年ほどが経つ。途中で簿記やグッピーに浮気(逃避?)して、現在に至る。
 科研は、ある程度、実績を出したテーマでないと当たらないのが辛い。でも、上記の田崎さんの記述を読んで、「未知の分野に進んでゼロから自分を鍛え直す」に大いに勇気づけられた(田崎さんとは、研究者として雲泥の差があることは、ここでは置いておくとして・・・)。自分でも答えが出ている通り、現状のただ延長線ではダメだし、そして、ある先生が言って下さったとおり、「今後、どう理論化を進めていくか」をまじめに考えなくてはいけない。(この分野で理論というのは、非常に難しいと思うが・・・)
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 日常的には、掃除・掃除! 仕事がちゃんとできるように、探しものに時間を費やさないでいいように、身辺整理。(と言いながら、水槽のコケとスネールばかり取っている)
 本や文献もちゃんと読まなくては。(と夢想しながら、魚の写真集ばかり見ている)
 決意と実行がまるでかい離している2010年4月の始まり・・・