『未来をつくる図書館』

 菅谷明子『未来をつくる図書館−ニューヨークからの報告−』(岩波新書、2003年)を読み終わった。『図書館戦争』を読んでから、何かと図書館のことが気になる。といっても、菅谷さんの本に描かれていることは、『図書館戦争』とはまた別世界のことだ。
菅谷さんの本の中で、興味深かった点をいくつか。
 「情報は提供する側の問題だけではなく、利用者の活用能力とあいまってはじめてその力を発揮するものだからだ」(p.42)。その通りなのだが、本書で書かれているようなリテラシー講座に通う「意欲を持つ」ことそのものがけっこう大変と思ってしまう。
 舞台芸術図書館の魅力。「オリジナルの草稿は、とりわけ役に立ちます。私は完成された作品よりも、世に現れない未完成なものにこそ価値があると思っています。草稿にはメモがたくさん書き込んでありますから、制作過程における作者の思考の流れがよくわかりますし、こうした資料はここでしか得ることができません」という利用者の言葉(p.66)。こういう素材の宝庫を使いこなす人たちがいるんだ、と感心。
 テクノロジー・ロフト(PC天国)での、情報リテラシー講座の講師をつとめるティーンのボランティア。「こうしたボランティア制度の背景には、自分の知識を他人にわかりやすく教えるために必要なコミュニケーション能力を身に付ける、見知らぬ人と接することを通して社交性を育む、といった教育的な目的がある」(p.123)。で、これは高齢者が高齢者にサービスする(「高齢者同士なら、一緒にいても気楽」という趣旨の)シニア・アシスタント制度も同様で、シニア・アシスタントという有給の仕事自体が、「究極の高齢者サービス」と紹介されている(p.129)。公共図書館での活発な医療情報サービスも、「社会保障のコスト削減につながる、という予防医学の観点からの戦略的思考と無関係ではない」(p.109)。
 ニューヨーク公共図書館が、言論の自由に対する認識が高く、政治的に微妙なテーマも展覧会などで堂々と取り上げることができる背景として、「非営利組織として行政から独立している点」が指摘されている(p.140-141)のも面白い。ニューヨーク公共図書館の前身は、2つの個人図書館で、これらに政治家ティルディンの遺産240万ドルをあわせ、「ニューヨーク公共図書館=アスター・レノックス・ティルディン財団」が立ち上げられたとのこと。その後、市との交渉で、図書館の連日夜9時までの開館を条件に、市が新館の建設用地と建設費、維持管理費を負担するという合意、契約が成立した(p.154-157)。さらに、カーネギーの貢献。カーネギーは、英米に合わせて、2509の図書館を建設したとのこと。ニューヨーク市全体で65館、ニューヨーク公共図書館の地域分館としては35館が、カーネギーの寄付による建設だそうだ。ただし、彼は、市に建設用地の提供と、維持費の負担を条件づけた(自治体に対してプロジェクトに責任を持って参加する意思を問うた)という。ここで、菅谷さんはPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の用語を用いている(p.158-160)。日本で言われるPPPとは、随分違うのではないだろうか。
 そして、図書館の意義を説明するロビー活動(p.175)。ブランド・イメージの確立(p.179)。さまざまな理由で、図書館に行けない人に対して調査やコピーを代行する有料の「エクスプレス」サービス(p.187-188)。有料サービスは、日本ではおそらく議論が分かれるものだろう。ニューヨーク市による予算削減に反対して市民グループが呼びかけた25,000通の市長への手紙(p.183)。そして、「ニューヨークはメトロポリタン美術館をはじめ、寄付金をめぐって競合する相手が無数に存在する激戦区」(p.166)という記述。
 面白かったが、頭がくらくら、というのが正直な読後感だ。