沖縄フォーラム(14)

takibata2007-04-11

 ディスカッションの続きを。

南嶌 指定管理者制度は、橋本政権下からの民間(開放の動きの一環で)、アメリカからの要求(を受け入れたもの)。美術館や博物館(が対象というより)、社会保険庁などの本丸を民営化することが(本旨だが)、美術館や博物館が(その)網に引っかかっている運の悪い状況だ。
 直営の美術館で、理念を持ってたたかってきた美術館は、数は少ない。ほとんどは学芸員が公務員として、革新的な仕事をしていない。NPOや個人(でも)、学芸資格もいらないし、人間の才能で、アーティストに任せたほうが、よっぽどいい仕事ができる。
 作品のコレクションを継続してやっていく(のに、指定期間が)3〜5年というのは継続性の保障(の点では問題があるが)。
 展覧会は、新聞社が企画し、実質的に民間の力でやっているにもかかわらず、公立でないとダメという理屈は(たてにくい)。(熊本市現代美術館では、アトム展以外は、オリジナル企画でやってきた)。新聞社やエージェント(が企画したにもかかわらず)、さも、自分たちで企画したように見せている(館が多い)。指定管理者制度のよしあしはあるが、ネオリベラリズムの背景があって、効率性を追求する。実質、小泉内閣で決めてしまった。ちゃんと言えている美術館が残念。それまでの美術館がむちゃくちゃやってきたのが問われねばならない。
安座間 立木さんの話、南嶌さんの話、5月中には、指定管理者が決定する。もっと明確に発言(できればいいのだが)。県内のうわさでは、新聞社が(指定管理者に名乗りを上げる)という話で、楽観はできない。指定管理者制度そのものに問題がある。
 宮城君は、harappaやAITなど、美術館という制度とかかわりながら、少しでも考えたいということで、今回の(フォーラムの)人選になった。今日のフォーラム自体が新しい抵抗の一つだ。ここから始まる。照屋君には(先ほど)暴言を吐いたが、あまり分かりやすくしようとすると、本質的なものが表現できない。努力はしていきたい。
 「大いに語る会」は、無理して頑張ってきて、疲労がたまっている。整理が追いつかない。前回のシンポジウムのテープおこしは終わっているが、公開できる状態ではない。じっくり考える材料にはなる。今回のフォーラムも、誰でもアクセスできる形で残したい。じっくり時間をかけて検討したい。今後のアクションとしてやっていきたい。

 私が長々と、このフォーラムの紹介を書いているのは、上の南嶌さんの発言に、深く感じる部分があるというのが、理由の一つである。当日配布された資料の中に東京新聞のコピーがあり、ここにも、同様の趣旨のことが南嶌さんによって述べられている。(なお、この新聞記事、G-searchで検索してみたが、見つけられない。東京新聞は、夕刊はデータベース化していないのだろうか?謎だ。)

 ところが厄介なことに、国立博物館、美術館の現実にも大きな矛盾が存在する。つまり、推進会議からその限定において市場化テストの導入を打診された「展示企画業務」も、国立だけではなく、日本の博物館、美術館のそのほとんどが、限定された大手の新聞社や展覧会企画会社が企画した展覧会の実質的な貸し会場として、実はその始まりから、すでに市場化テストや指定管理者といってもいい、民間の力を暗黙に受け入れてきたという事実があるからである。
 美術ジャーナリズムが国公立のすべての博物館、美術館のそうした実態を明らかにするならば、その中にあって、どの博物館、美術館が独自の研究調査をもとに、「Museum」本来の企画展を組織してきたかが理解されるところだが、いずれにせよ、そうした事実を隠蔽しながら、「公的な機関でなければ、長期的なビジョンに立った活動ができない」と民営化に抗しても、説得力が生まれてくることはない。(東京新聞(夕刊)2006年2月17日から一部のみ抜粋)

 王様は裸だ!と言えるのは、南嶌さんの実力あってのことだろう。お疲れさま会の折に、南嶌さんに、博物館法改正の話題を振ってみたら、軽く一笑に付されてしまった。
 写真は、沖縄県立博物館・美術館の駐車場で見かけたもの。こういうトイレがあるということは、補助犬も展示室に入れるのだろうか(2007年4月1日撮影)。