『「へんな会社」のつくり方』

 金曜の晩、『フューチャリスト宣言』に続いて、近藤淳也「へんな会社」のつくり方』(翔泳社、2006)を途中まで読んでしまった。続きは見学実習の帰りのバスの中で読んだ。なにせ、常滑〜茨木間は、3時間半かかるのだ。
 驚いたのは、本の中の写真。はてなの社員たちが座る席の窮屈さ。こんな環境で仕事をしているのか・・・と。立ったままのミーティングの机も、とてもシンプル。月1回の開発合宿も、近藤社長が、企画と宿の予約、行き帰りの車の運転をするのだとか。
 会議のコスト=「参加者全員の時間単価×会議時間」というのは全く同感だけれども、ペアプログラミングの「ペアで作業を行うため、仕事以外のことは一切できない」なんていうのは、きついなあ・・・と思ってしまう。
 そういうことはともかく、「窓口要望サービス構想の変遷」のところが一番興味深かった。「ユーザーと運営者の利益が相反する問題」にどう向き合うか。「予測市場」という考え方が、完全に理解できたわけではないが、「向こう1ヶ月のことを考えれば安いほうがよいかもしれないけれど、3年後に会社が存続しているかどうかということになれば妥協も必要だ」というように、「対象として考える時間的スパンを長くした」というのは、市民参加の視点から見ると、新しい発想ではないかと思う。ふと、山本理顕さんたち(の市民参加論)を思い浮かべた。理系的発想という点でどこか共通点があるのかもしれない。あるいは、プロ対利用者という観点から、今はうまく言語化できないのだが、大事な考えるヒントがあるように思う。
 それ以外のところは、ある種のモーレツな働きぶりを印象づけられ、また一方で、若い頃のエピソードからは、変なこと(高校時代にオール5を取ると決めて、実際に実現してしまったとか)をやり遂げてすごいとか、現代のサクセス本なんだと思いながら読んだ。
 巻末に梅田望夫さんが、うまい紹介を書いている。

・・・近藤のような思考回路を持つ人は世の中にかなり多く存在する。しかし、こういう思考回路を持つ人間が陥りがちな「議論のための議論をし続けて、結局何もしない」という罠から近藤が紙一重で逃れているのは、彼が持つもう一つの性向ゆえである。
 それは「行動至上主義」である。「主義」というのはちょっと違うかな。ただただ近藤は「待つ」ことが苦手で、いつも動きたくて動きたくて仕方ないだけなのかもしれない。・・・