芦屋シンポ(13)

takibata2007-05-27

 質疑応答の続きを。

Q 市民の税金を有効(に使う)。来館者が増えたということで、よかったと思っている。(私は)チェックする側の議員だが、議会が問題にするのは、来館者が増えたかどうかだ。無料でも(招待でも)、全体トータルとして。


 20年前、バブルの真っ只中、税収がどんどん増えて、どうしようか、基金ももっと溜まっている。国際文化都市(として)、図書館が先にできて、文化ゾーン(として)、文化の香り高い町つくりましょう・・・20年間生きていると思う。震災で芦屋は厳しい(状況に立たされ)、90億円の負債が一般会計にある。どうやって返済していくか。


 経済的なものに置き換えてはいけない。カルチャーは耕す、畑。心を耕してくれる。(美術博物館は)市民の心を耕やす拠点。スタッフの苦労、拠点なんだという心意気で、もっともっといい企画をやって(ほしい)。市にも、財政的な要求をしていい。私もどんどん、使ってもらったらいい。


Q 芦屋が大変だ(ということで)、関東の知人が、作品を貸すから使って下さい、(と申し出たが)、全然返事がなく、知人に謝った。いろんな人が提案したが、なしのつぶてになっている。本当に一所懸命やっているのかな? ほんの小さな言葉でも拾って。連絡体制が不十分だ。


司会 最後にパネラーの皆さんから一言ずつ。


藤本 新しいモデルを作り上げる。週末にやっとこさ、出てきている。ノウハウお持ちの方おられたら。


辻本 心配して来たが、心強い話聞いて、嬉しい。中身の問題、見に行かないといけない。新聞、TV、ラジオで、十分に連動していただく。市民の皆さんには、その気があっても分からない。


橋爪 学芸が民間の人(になっている)。ミッションの策定は、民間がするのか、市がするのか?


笠井 伝わらない内容は無内容である。一人ひとりが自分のルートで、限られた範囲でも影響(を)。まちのためにも(美術博物館は)まちづくりの活動の拠点。このホールを埋めるくらいのことなら、具体的に、市民の募金だけでもできる。やっていることが伝わらないより、館のHPより、最近影響力あるのは、みんなのブログに(書くことだ)。


戒田 今後ますます協力しながら、お手伝いしていきたい。


角野 改めて思ったこと。課題。
1. 芦屋のミュージアムは何をするところなのか、再確認。ミュージアムとは、という一般的なことは考えてきたが、芦屋のミュージアムを共有できないと、何もできない。市としてどう考えているのか。市のミッションに対して、我々が受け入れられるのか。どう受けられるのか。中身、活動、思い入ればかりで、ちゃんと伝わっているのか。どうも伝わらない。芦屋のこの場所、何を、どういう役割。周辺との関係も。


2. 指定管理の流れ。近いうちに導入されるのでしょうが、一体何を委託するのか。境界線は何なのか。どういうルールで。成果を出しながら、指定管理のあり方、きっちり・・・


3. NPOの可能性と限界。(業務委託を)受けるだろうなということで、(AMMを)設立した。受けたからには、何ができるのか。不足している部分については、NPO云々、組織としてルール、様々な体制がしっかりしていないと、受ける資格がないと反省している。


(司会?)松木議員、よろしくお願いします。(シンポジウム記録はこれでおしまい)

ということで、長い長い記録が最後までたどりついた。批判的なことを書いたあとは、書いた本人が落ち込む。そんな中、松木議員の発言は、興味深い。“バブルの真っ只中、税収がどんどん増えて、どうしようか”という美術博物館誕生のいきさつの部分である。市議会にとっては、まず入館者数という趣旨の発言も、他市の市議会議事録を読んだ経験から、とてもリアルに感じる。
また、最後にフロアから発言された方のお気持ちもよく分かる。それぞれの人の好意が、行き場所のないまま、宙に浮いてしまった状態なのだろう。これは、対応しきれなかった館側の事情も察しうるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、芦屋の美術博物館を支援したいという気持を持つ人たちの、よりどころがないのを、残念に思う。
また、一番、お話をしていただくべきだったのは、美術博物館の庭の草むしりや、展示室の監視を、ボランティアで1年間続けてくださった方々ではないだろうか。
市外に住む人間にできることは何なのか、あるいは、芦屋市立美術博物館は、芦屋市民のもので、市外の人間は関わりようがないものなのか。このことを強く考えさせられたシンポジウムだった。この話は、日を改めて書きたいと思う。