ベルニナ急行鉄道編(9月1日)

takibata2007-09-27

 ティラーノ駅で、ベルニナ急行の指定車両に乗り込む。ファーストクラスで1/4程度の込み具合。座席を探すと、向かい合って2人掛けの席の向かい側に、すでに高齢の女性が座っていた。車内は十分にすいていたので、お互いに一瞬戸惑う。この車両は、2人×2の4人掛けが、進行方向に向かって右側、1人×2の席が通路をはさんで左側になる。より多くの予約が入ることを期待して、1人客を1箇所に寄せたのだろう。

 このシニア女性はたいへん感じのよい女性で、すぐに仲良くなった。この日はお天気に恵まれ、大きな窓からの日差しで、車内はサンルーム状態でまぶしい。景色は、左側のほうがいいので、2人ともそのまま向かい合って過ごす。

 彼女は、ドイツの北部から来たそうで、年齢は79歳。この日は、私と同じ、クールに泊まり、翌日は、氷河急行に乗り、その後ロカルノに1週間滞在するという。

 男性客たちは、車両の連結部分に出てカメラを構える。素晴らしい景色のところに差し掛かると、車内は総立ち状態になる。鉄道ファンのサイトに詳しい何箇所かのループ橋のことは、鉄道マニアの解説に譲ることにして。

 まず、青いきれいな湖、ボスキアーヴォ湖。湖岸にボートが繋がれている。小さな町、ポスキアーヴォ。やがて、氷河が溶けて流れとなり、その流れが白色がかった緑の湖に流れ込む。パリュー(パレー)氷河とパレー湖。アルプ・グリュム駅を過ぎ、ラーゴ・ビアンコ湖が現れる。パレー湖とこのラーゴ・ビアンコ湖周辺が、このベルニナ線で一番美しく忘れがたい光景だと思った。ラーゴ・ビアンコ湖は乳白色がかった薄みどり色。このあたりは木のない荒涼としたといえば荒涼とした風景なのだが、背の低い草が生え、視界を遮るもののないハイキングルートがずっと続いていて、歩いている人がいるのだ。おまけに氷河から流れる青白い小川があちこちに流れている。日本ではちょっと想像できない景色で、次は、ぜひ、このあたりのハイキングコースを歩いてみたいと思う。

 ポントレジーナの駅だったと思うが、かなり長い時間、駅に止まっていて、多くの乗客がホームに降りていた。私は向かいの彼女とお話をしていて、時刻表を見たりはしなかったので、ここがそんなに長時間停車の駅と知らず、長いですね〜とか話していた。

 次に停まったのが、Tiefencastelという駅で、駅舎がハンギングバスケットの花に飾られ大変美しい。彼女が、“ホームに下りて写真撮ったら”と勧めてくれて、他の2〜3人の乗客と一緒に降り、駅舎や列車の写真を撮っていた。バスから一緒だった男性客が、デッキから顔を出して、写真を撮ってくれ、Eメールアドレスを教えてくれたら、送るよと言う。周囲を見回して幸福感に浸っていたそのとき、突然、列車が動き出した。ドアのボタンを押しても、もう開かない。いつの間にか、他の乗客は車内に戻っていて、ホームには私一人。必死で列車を追いかけ、ホームを走る。

 車内は大騒ぎ。反対側のホームに女性の駅員さんらしき人。荷物もカメラ以外は全部車内だ。やがて、列車は止まり、ボタンを押すとドアが開いた。

 車内は大爆笑。みなに平謝りに謝り、笑われまくった。向かいの彼女は、こんなところに置いていかれたら、もう列車ないんじゃない?とか。

 次のまた素敵な駅舎とハンギングバスケットのある駅についたとき、男性客に、“ユーは、降りちゃダメ!”と釘を刺される。この旅を共にした人たちは、きっと、この小事件を覚えていてくれるだろう。向かいの彼女も・・・。彼女は日本にも、アジアにも来たことがないと言う。79歳とは思えない、背筋のきちんと伸びた端正な女性で、時々立ち上がる以外はほとんど席も動かず、写真は一切撮らず、“ファンタスティック!”と言って、景色を楽しんでいた。彼女の歳まで生きられるかは分からないが、こんな女性になりたいと思った。

 クールに近づくにつれ、窓外の景色はだんだん単調となる。最後に、お互いの幸福を祈りあい、別れ際に、彼女と何度も固い握手をした。

 写真は、ラーゴ・ビアンコ湖畔を走るベルニナ急行(2007年9月1日撮影)