『日本の山はなぜ美しい』

 小泉武栄『日本の山はなぜ美しい―山の自然学への招待―』(古今書院、1993)を読み終わった。ライチョウ会議の折、ご本人のお話が面白く、会場で買って帰ったもの。

 ごく狭い範囲内に、さまざまな植物群落や微地形、残雪などがモザイク状の複雑なパターンをつくって分布する、日本の高山帯の美しい自然景観がなぜ生じるかを、地質、地形、植生、それに斜面の時代性を加えて説明した本。同時に、東大地理学教室という特殊な環境の中で、著者が博士論文を提出するまでの長い大変な道のりが描き出されている。

 実際に山を歩くことでテーマや方法を学んだり、発見していく様子がいきいきと伝わってくる。例えば、トアや崖錐上部の基盤の露出部にペンキを塗り、一定期間後にペンキの剥げ落ちた部分の割合を調べ、落下した礫を集めて、岩屑がどれだけ剥離したかを調べる方法。風化皮膜の厚さから、岩屑が形成された年代を推定するためのスタンダードづくりなど。誰もやらなかったスケールの大きな研究の進展を、周囲のリアクションを交えつつユーモラスに語るところが面白い。最後には、細分化されがちな学問への苦言や、日本の自然破壊に対する批判も盛り込まれ、バランスのよい普及書になっている。

 氷河のこと、川のこと、スイスで見た自然の姿を思い浮かべつつ、この本を読んだ。氷河そのものについて触れた本ではないが、研究のオリジナリティやダイナミックな展開は、読んでいて爽快でもあり、また、逆にわが身を振り返り、落ち込みもした。