『建築 私との出会い』第3巻

takibata2008-02-25

 大興奮の本。横須賀美術館のショップには、山本理顕さん絡みの本が何冊か置いてあり、(それでも、開館当初より本の種類は減ったような気がするし、裏手にあるから、ちょっとショップに入っただけでは、本のコーナーに気づかないと思うのだが)、前回買った本も、その後、大いに役立った。それはさておき、
 今回買ったのは、彰国社編『建築 私との出会い』3(彰国社、1989年)。ショップで理顕さんのところだけ立ち読みして、即、購入した。この本、『建築文化』に連載された記事を再編集したもので、この第3巻には、35人の建築家や建築史家・写真家らの文章がコンパクトに納まっている。巧拙はあるが、全体としては、非常に刺激的で面白い文章が並んでいる。で、山本理顕さんのところを、少し引用。原研究室の思い出だ。

それとスキンダイビング、夏になると三宅島や八丈島の海に潜りに行くのである。昼間は魚突き、夜は徹夜で麻雀の三泊四日、不眠不休のどろんとした目で、帰りの船の中でもまだ麻雀卓を囲んで気勢をあげている原さんを見ながら、もうこれは根源的に負けてるなあ、と奇妙な敗北感をしみじみ味わったりしていたのである。(山本理顕「ムザップの谷」、188−193頁)

このあとの展開もすごいのだが、あんまり引用するとネタバレになってしまうので、続きはぜひ本書でお読みいただきたい。

 安藤忠雄さんも文章がうまい。

学校は、体系化した知識を教える。その分、発想の範囲を狭めてしまうのだろうか、個性を失わせるようだ。学校へ行っても行かなくても、自分で学び取らなければならないのは同じであろう。・・・・・
 高校に入った頃から、デッサン教室に通った。時を忘れて描くことに熱中した時代である。電車の中、街中など、あらゆる所で、スケッチもした。今から思うと、どこにあのような情熱があったのか、不思議な気がする。とにかく絵を描くことが好きであったため、所かまわず描きまくっていた。(安藤忠雄「建築への旅立ち」、9−13頁)

藤森照信さん。

やがて、この見て歩くという習慣が、擬洋風だけでなく明治の西洋館全体に及び、さらに大正、昭和の近代建築に及び、今では日本国内は見歩き終わって、ついに東アジアにまで足を伸ばしている。とにかく自分でもあきれるが、建物を見て歩くというひとつの原理を、二十年近く休みなく続けているし、その領域が日本→東アジアと着実に広がって、やがてこの調子だと、生きているうちに地球の全域に及ぶんじゃないかとオソレている。(藤森照信「図画工作が好きで」152−157頁)

そして、六角鬼丈さん。

磯崎さんの書斎は、本棚に囲まれるようにしてあった。本棚はそこだけに収まらず、アトリエ中の壁から食堂、寝室にまで及び、言い換えれば、ちょっとした本屋の一画をアトリエに使っているようなものだ。日頃文章を書くことを苦手とし、読書量もさほどでない者が衝撃を受けたのは当然で、こりゃ宮本武蔵の真似事でもして岩窟に閉じこもろうか、などと真面目に考えたものだ。以後しばらくは、足を椅子に縛りつけ本を読むトレーニングを開始したのも、いまにしてみれば滑稽な話である。(六角鬼丈「建築一歩」、200−205頁)

いや〜、この本は、縛りつけなくても一気に読んでしまいました。

 写真は横須賀美術館谷内六郎館(2008年2月21日撮影)